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漬物研究同志会

 

漬物研究同志会 業界初の女子会が発足

漬物研究同志会 業界初の女子会が発足
 
発起人の吉川氏
 
漬物研究同志会女子会のメンバー
   
吉川氏(吉岡屋社長)が発起人代表
漬物研究同志会(近清剛会長)は2017年(平成29)年11月13日、東京都板橋区の東京家政大学で研修会を開催した。食に携わる機会が多い女性目線の商品開発や価値作りの流れを作ることを目的とし、吉岡屋の吉川社長を発起人代表として女子会が発足。漬物の業界活動において女子会を立ち上げるのは初めてのことで、業界内にもその先進性を示し、今後は活動を通してその意義を見い出していく。第1回目の会合では各メーカーのトップや幹部が出席し、女性ならではの視点から意見が出された。また、毎年恒例となっている東京家政大学卒論生との漬物談義も実施され、各社製品のアンケート調査報告が行われた他、情報交換が行われた。その他、同会が師事する全日本漬物協同組合連合会常任顧問の宮尾茂雄教授が漬物製造工程の乳酸菌調査結果等の報告と「発酵と漬物に関する一考察」の演題で講演を行った。懇親会でも女子会メンバーの話題が中心となるなど、女子力が際立つ研修会となった。
   
女子力が商品力を高める 宮尾教授は「発酵」の演題で講演
漬物研究同志会の研修会
研修会は事務局の小林登氏が司会を務めて近会長が開会の挨拶を行い、「時代が変わっている中にあって業界の中でも女性の幹部の方が増えている。しかし、女性同士で意見交換する場がなく、各地域の漬物のことなど、全体像を知らない方も多い。食品における主導権は常に若い世代にあり、私たちがいつまでも前線にいるのはおかしいことで、新しい世代にバトンタッチしなければならない。そのような中でも普段から食に携わる機会が多く商品を判断する女性の視点と力は、商品力や価値を高めるために必要なもの。本日発足した女子会のメンバーを軸に漬物の産業力を高めてほしい」と女子会発足の経緯を説明した。
新たに発足することになった女子会の発起人代表の吉川氏が挨拶に立ち、「業界に入って2年半と日が浅く、宮尾先生をはじめ諸先輩方の力をお借りしたい。弊社は卸がメーンなのですが、小売の方ではお客様の8割が女性。今回、女子会を発足させていただくということで、業界における女性のネットワークを構築して各社の取り組みや経験を共有し、各社が成長できるようにしていきたい。女性の特徴は笑顔が出やすい、お客様との関係が近い、視点が優しいということがある。これまでと違う可能性を探れるような活動ができればいい」と抱負を語った。
続いて女子会のメンバー計9名と初参加となる四川大学の張文学教授のご息女、張唐氏、熊川食料工業の熊川稔也社長、三奥屋品質管理室の髙橋陽一室長が自己紹介を行い、歓迎の拍手が贈られた。
 
女子会の近聡子氏
宮尾教授が漬物製造工程の乳酸菌調査結果、9月28日に行った第9回中国泡菜博覧会での講演、9月8日~12日に開催した中国研修、同月14日の四川大学の張文学教授との懇親交流会等の説明、報告を行った後、「発酵と漬物に関する一考察」の演題で講演を行った。全漬連発酵漬物認定委員会のオブザーバーを務めている同氏は、発酵と腐敗の違いとして、「発酵と腐敗の現象は同じだが、ある物質が微生物(酵素)の働きで、人間にとって都合の良いものが発酵、都合の悪いものが腐敗。国、地域、風土、食文化などによって発酵になったり、腐敗になったりする」と指摘した。
乳酸発酵が主体となっている発酵漬物に対して程度の概念を導入して明確にし、消費拡大につなげる狙いについて言及。「私見だが、農産物漬物において、乳酸発酵とは、製造過程において主に乳酸菌が100万/g(㎖)以上に達した状態で、一定時間(乳酸発酵)経過後、主に乳酸菌による乳酸菌等の生成によりpHが5・0未満となること。また、乳酸発酵により製造された野菜材料で、無加熱殺菌または加熱殺菌されたものの原材料名に乳酸発酵野菜と記載できれば」と見解を述べ、認定の課題として発酵、熟成、調味の位置付け等を上げて議論の必要性を訴えた。
 
 
東京家政大学卒論生との漬物談義
講演後、場所を移して東京家政大学卒論生との漬物談義を行い、同志会会員企業より提供された漬物34品について、事前に学生たちがまとめたアンケートの総評が発表。調査は商品のパッケージデザイン・内容量・サイズ・色・歯切れ・調味の6項目を5段階で評価。デザインや味の他、内容量・サイズについて「一人では量が多すぎる」、「小分けに加工してもよいのでは」など、一人暮らしの学生ならではの声が聞かれ、同志会会員は学生たちの率直な言葉に耳を傾けていた。総評後は各テーブルごとに分かれた学生たちと意見交換を行った。
漬物談義後、新宿区の響にて懇親会が開催。山豊の山本千曲社長の挨拶に続いて東京中央漬物の皆川昭弘社長の乾杯発声で開宴。新宿の夜景を見ながら女子会メンバーを中心に女性ならではの視点に立った漬物の味や規格、今後の商品開発等、漬物業界の未来に向けて明るい話題に花が咲いた。
【女子会メンバー(順不同)】吉川絵美子(吉岡屋)、近聡子(三奥屋)、藤原静子(東京中央漬物)、染谷静香(河村屋)、山田麻耶(若菜)、遠山昌子(赤城フーズ)、萩原友美(萩原食品)、辰巳智和子(タツミ商会)、平野和佳(タツミ商会)
 
【2017(平成29)年11月20日第4913号1、15面掲載】
 

中国泡菜博覧会

中国泡菜博覧会
 
宮尾茂雄教授が講演 アジアの漬物最新情報を発信
講演を行う宮尾教授
全日本漬物協同組合連合会常任顧問で東京家政大学教授の宮尾茂雄氏が2017(平成29)年9月28日、中国四川省眉山市のインターコンチネンタルヘイロンレイクで開催された第9回中国泡菜博覧会に講師として招かれ、招待講演を行った。
同博覧会はアジアの漬物サミットとして毎年開催され、中国を中心とする政府関係者をはじめ、漬物企業、日中韓の研究者、技術者が結集。1200人が出席したオープニングセレモニーで四川省農業庁の祝春秀庁長らの挨拶に続いて壇上に上がった宮尾氏は、「歴史を遡ると発酵技術を含めた食品加工技術の多くは、遣隋使や遣唐使を通じて中国から伝来したもので、その時から日本と中国の加工食品の交流が始まり、今日まで脈々と続いている。古代日本の阿倍仲麻呂が遣唐使として荒海のなかを当時の唐に船で渡ったのが717年。阿倍仲麻呂は高僧として知られていた鑑真和尚に衣服を献上したのが717年で、ちょうど1300年前となる。このような記念すべき年に博覧会に参加させていただき、日中交流の懸け橋となることを嬉しく思う」と歴史や友好的な関係について語った。
 
オープニングセレモニーの風景
講演会、博覧会は中国政府が開催をバックアップし、日中韓の漬物の研究者、技術者を招いて行われた。講演会では、宮尾氏の他、韓国キムチ研究所前所長の朴完洙博士、中国泡菜産業技術研究院の張其経博士がそれぞれの国の現状から将来性などについて語り、新しい漬物の製品や市場の開拓、可能性について講演を行った。日本から唯一人招待された宮尾氏は、「日本漬物の現状 開発動向」をテーマに講演を行った。
日本の漬物製造業の現状(2014年)の事業者数は1200箇所で従業員数は2万8000人、生産量は71万t、出荷額は3800億円。生産量は2001年の119万tをピークに減少し、2016年は72万t。1世帯当たり(1年間)の漬物購入金額と購入数量も1998年から2015年までで大幅に減っており、購入金額は1万2891円から7929円、購入数量は4246gから3134gとなっている。
「漬物需要減少の原因は米食の減少や食塩と健康との関連性による消費減が主な要因と考えられる。米の1人当たりの年間消費量は、1965年は110㎏だったが、2005年は55㎏と半減した。米の消費量が減少した要因は人口減少、少子高齢化、食生活の欧米化、加工食品の多様化などが上げられる」と指摘した。
 
博覧会の会場
都道府県別平均寿命と食塩摂取量については、都道府県別平均寿命と食塩摂取量で男性の1位は79・84歳の長野。食塩摂取量は12・6gで2位となっているが、野菜摂取量も378・1gで1位。「野菜に含まれるカリウムは塩分を体外に排出する働きがあり、漬物は食塩を摂取する一方で野菜も豊富に摂取できるので、野菜の摂取量が不足している日本人にとっては、理想的な手段と言える。また、健康に寄与する漬物の機能性については、食物繊維、乳酸菌、ビタミン、ミネラル、有機酸、機能性物質が上げられる。特に食物繊維は生よりも多く摂れるし、環境に強い植物性乳酸菌も摂取できる。日本における漬物製品開発の方向は、健康機能性のPR、有用乳酸菌の分離と利用、調理素材としての利用拡大と思われる」とまとめた。
眉山市は、人口350万の都市で漬物の町として知られている。漬物企業が集中している東坡区(とうばく)は中国詩人で高名な蘇東坡がこの地の出身地であることに由来しており、同区には60社以上の漬物企業が軒を連ねている。行政も漬物を大々的にバックアップしており、漬物に関する博物館、技術研究所、品質研究センター、教育施設などが点在し、東坡区の周辺地域は「中国泡菜城」と呼ばれている。博覧会はオープニングの翌29日に展示商談会が行われ、28日~10月4日に開催された展示会では、数万人の来場者で賑わい、韓国、タイ、ロシア、タジキスタンなど世界各国の特色ある漬物が展示、即売された。
宮尾氏は「韓国はキムチがあるので乳酸菌の研究はかなり活発に行われており、中国も泡菜があることから、乳酸発酵の研究に相当力を入れていて、伝統的で優良な泡菜より有用な菌を選定することや制御可能な発酵漬物製造装置のパイロットプラントを開発するなど、先進的な取組みも行っている」と感想を述べた。博覧会の期間中は道路の到るところで垂れ幕やモニュメントが設置され、「泡菜博覧会」が眉山市の一大イベントとして位置づけられていることをうかがわせた。(資料提供=宮尾茂雄氏)
 
【2017(平成29)年10月23日第4910号5面掲載】
 

四川大学の張教授の歓迎会開く

四川大学の張教授の歓迎会開く
 
張教授(中央)と手を合わせる宮尾教授(右)、近会長
 
夫人と日本を訪れている張教授(右から2人目)を歓迎
   
国際的な交流を深める
漬物研究同志会の有志メンバーは2017(平成29)年9月14日、同会名誉会員で四川大学の張文学教授の歓迎会を都内で開いた。所用のため夫人とともに来日中の張教授を招き、懇親を深めた。
乾杯の挨拶に立った近会長は、「2年前に中国で開催された中日伝統食品創新フォーラムや視察研修では張先生に大変お世話になった。感謝の気持ちを示すとともに懇親を深めたい」と歓迎の言葉を述べた。
同志会は2年前の9月、中国・成都で開催された第8回中日醸造・食品・栄養・環境シンポジウム/第1回中日伝統食品創新フォーラムに参加。そのフォーラムの中心的な役割を務めたのが張教授で、名誉会員として同会の活動に協力することになった。
ちなみに同フォーラムで宮尾教授は「相知高菜漬の微生物および香気成分の変化」(共同研究者=前田節明)の発表を行った。
張教授は「皆さんとまた会うことができて嬉しい。これからも日本の漬物メーカー、業界と交流を深めて伝統を重んじながら新しいものを生み出せるように協力していきたい」と協力関係を強めていくことを強調した。
宮尾教授は「張先生とは15年の付き合い。漬物や発酵食品の発展を願う者として意気投合した。出会ってから2、3年で四川大学の客員教授として迎えられた。最初は2人だけだったが、少しずつ仲間が増えていった。さらに仲間を増やして国際的な活動も行っていきたい」と世界を視野に入れていくことを示した。
最後に、張教授より中国・四川省で9月27日から10月4日まで開催される第9回中国泡菜博覧会に宮尾教授が招待されていることが紹介された。宮尾教授は会期中に講演を行う。講演の聴講者は1000人に上り、中国の漬物メーカーが集結する博覧会には数万人が来場。宮尾教授は日本の漬物の専門家として出席する。
 
【2017(平成29)年9月18日第4906号6面掲載】
 

漬物研究同志会・宮尾先生と行く中国の旅 中原の古都洛陽で漬物の歴史を探求

漬物研究同志会・宮尾先生と行く中国の旅 中原の古都洛陽で漬物の歴史を探求
 
日本の漬物のルーツを辿る~宮尾教授による推察と考察
漬物研究同志会(近清剛会長)の有志メンバーは2017(平成29)年9月8日~12日、「宮尾茂雄先生と行く中国の旅」と題して視察旅行を実施した。今回はかつて中国王朝の首都となった洛陽市を訪問。同会が師事する東京家政大学教授で全日本漬物協同組合連合会常任顧問の宮尾茂雄教授は、「魏志倭人伝の後漢や三国時代の都だった洛陽から漬物が日本に伝えられた可能性があり、漬物のルーツを探る旅でもある」と独自の見解を述べた。米、箸、お茶、仏教、漢字、干支、火薬など、中国から日本に伝来したものは数多くあり食や文化も大きな影響を受けている。遣唐使の時代に4種類の漬物(醬漬など)が記載された木簡が後に平城京跡から発掘されている。したがって記録はないが、それ以前の遣隋使の時代に保存食として完成されていた漬物が伝わっていた可能性もある。今回の旅行では、水の町「烏鎮」、世界遺産で知られる杭州の西湖や洛陽の龍門石窟、少林寺などを見学して見識を深めた他、漬物のルーツを探るロマンを追い求めた。(千葉友寛)
   
近会長
日本の漬物のルーツへ。「漬物は魏志倭人伝の後漢や三国時代の都だった洛陽から日本に伝えられた可能性もある」と語る宮尾教授の推察をテーマに、胸を躍らせながら中原の古都を訪ねた。
書物や文献によると、遣唐使の時代には中国や朝鮮から様々なものが日本に伝来し、酒や味噌が醸造されるようになった。宮尾教授はその頃に粕漬や味噌漬、麹漬のような多種多様な調味漬物が生まれたと推測している。
1988年に奈良市内の長屋王(664~729年)邸宅跡から発見された10万点に上る木簡の中に「加須津毛瓜」(粕漬)や「醤津毛瓜」(醬漬)の名があり、日本で「漬物」のことが記された最も古い記録となっている。それらのことから読み取ると、飛鳥時代にはすでに数種類の漬物が存在したと考えることができる。
 
【宮尾教授の推察】
宮尾教授
「奈良の長屋王邸宅跡から掘り出された10万点の木簡には様々な料理の材料名が書かれており、これらの木簡は当時の食生活を知る上で大変貴重な資料となっている。これらの記録の中で漬物に関するものとして日本で最も古いものだ。長屋王の邸宅は平城京にあり、当時の食品や文化については最新のものが入手でき、影響も受けていたと考えられる。漬物の記録があったということはその当時はすでに漬物の形としては完成されていたということが想定でき、その以前から作られていたことが考えられる。紀元前から唐の時代まで、中国の都は洛陽、長安と時代によって変わり、遣唐使の時代には中国から多くのものが日本に伝来している。記録としては残っていないが、魏志倭人伝の三国時代をはじめ、遣隋使前後の時代から交流があり、保存食としての漬物が海を渡った可能性は十分に考えられる。そう考えると、洛陽や長安に日本の漬物のルーツがあったとしてもおかしくはない」
今回の旅行でも宮尾教授はレストランなどで漬物について聞き取り調査を実施。胡瓜、たけのこ、干した大根の漬物は一般的に食べられているが、地域性のあるものではなく、中国全土で食べられている漬物と大きな違いはないという。また、スーパーを視察しても四川省や重慶市の漬物メーカーが製造したザーサイや豆苗が並ぶ。ここにも洛陽ならではの漬物の姿は見られなかった。
中国料理は北京、上海、広東、四川の四大料理が有名だが、中国では広東、四川、山東、江蘇、安微、山西、湖南、雲南の8省の八大料理に分けるのが一般的だ。しかし、細分化すればその数はもっと増える。洛陽の食文化の歴史は長く、その種類も豊富。宮廷料理から一般大衆向けの料理まで様々だが、洛陽ではスープが多い水席料理が有名だ。唐の時代に始まったとされる水席料理は、洛陽の地形や気候に関係している。洛陽は四方を山に囲まれ雨が少なく、冬の寒さの厳しい土地。寒くて乾燥しているため、水席料理はスープを非常に重視しており、冷菜以外のすべての料理がスープ料理。中でも酢を入れた酸味の強いスープが代表的な料理となっている。
 
【京都と洛陽】
落花生の畑を視察
宮尾教授の推察を後押しする要素の一つとして、京都と洛陽の関係性が上げられる。桓武天皇が784年に長岡京に遷都し、その10年後に平安京に都が移った。当時の中国王朝の都だった洛陽にちなんで平安京の東側を「洛陽」と呼ぶようになったと言われている。一説には平安京を東西に分割し、東側(左京)を「洛陽」、西側(右京)を「長安」と呼んだという。ところが、右京「長安」側は湿地帯が多かったことなどから程なく廃れ、市街地は実質的に左京「洛陽」だけとなった。
このため、「洛陽」は京都全体を指す言葉になり、その一字の「洛」だけでも京都を意味することになったとされる。平安時代以降、地方から都の京都へ行くことを意味する言葉として、「上洛する」、「入洛する」が使われるようになった。現在でも用いられている洛南・洛北・洛西・洛東と地域を表す言葉はその名残だ。当時の日本人が中国に敬意を持ち、憧れの存在だったことが伺える。
文化だけではなく、食にも強い関心を示していた可能性がある。日本は海に囲まれているため、塩漬の文化は自然に生まれたものと推測されるが、宮尾教授によると、粕漬や味噌漬、酢漬などの調味漬は中国との交流によってもたされた可能性が高い、という。調味料だけが伝わったというよりも、調味漬の技術も伝えられたと考える方が自然で、現存する最も古い記録の前から、漬物が中国から日本に伝わってきた可能性は十分に考えられる。
   
【宮尾教授の感想】
「漢や随、唐の時代の都は長安だが、日本に向かうためには洛陽を経由する。その時代に洛陽の食や文化が日本に伝えられた可能性は十分に考えられる。現在の洛陽の漬物と日本の漬物に共通点やつながりを見つけることは現時点においてはできなかったが、京都の人が洛陽に特別な想いを持っていたことは間違いなく、食についても何らかの影響を受けていた可能性がある。可能性は完全に消えたわけではなく、今回の旅で中国の歴史や見識が深まったことで、今後も漬物の歴史を探求していきたい」
 
 
烏鎮で販売されている漬物を調査
 
洛陽で一般的に食べられている胡瓜や干した大根などの漬物
 
烏鎮の醤油売場を見学
   
烏鎮は漬物が豊富に 九王朝の古都を訪ねて
水の町「烏鎮」
【第1日目(8日)】成田空港組、関西空港組、福岡空港組に分かれ、日本を出発。中国・上海浦東空港で集合し、バスでアジアのベニスとも呼ばれる水の町「烏鎮」へ移動。「烏鎮」は長江の川沿いにある水上村で、1300年の歴史がある。古い町並みがそのまま残っており、風情のある景観が人気となっている。西柵地区と東柵地区に分かれており、観光地でありながら、各家に人が住んでいるという珍しい場所で、現在は観光業が主な収入源となっている。東柵に赴いた一行は「烏鎮」の文化や習慣を今に伝える纒足博物館、民族芸術博物館を見学し、夜はライトアップされた西柵の夜景を楽しんだ。
西柵では漬物売場と醤油の醸造場を視察。漬物の種類は豊富で、白菜キムチ、胡瓜、にんにく、楽京、生姜、にんじん、ザーサイ、大根、たけのこなどが並び、辛味や酸味が強い漬物が特徴的だった。商品は量り売りと瓶詰めで販売されており、幅広いニーズがあることが伺えた。醤油の醸造場では麹の仕込み場や作業場を見学。売場では烏鎮で製造された醤油を中心に多くの種類の製品が並んでいた。
 
西湖の中に浮かぶ人口の島で
【第2日目(9日)】午前8時20分にホテルを出発し、バスで杭州へ移動。世界遺産として知られる西湖、宋時代のテーマパークである宋城を観光した。宋(960年1279年)は封建社会が発展、成熟した時代であり、経済、技術、文化の発展は、当時の全世界の先端を行くものだった。宋城は北宋、南宋の両文化を取り入れ、杭州の宋文化観光を定着させ、趣のある歴史の深さを感じさせた。
 
壮大な龍門石窟に感銘を受ける一行
【第3日目(10日)】午前5時にホテルを出発。国内線で上海から九王朝の古都「洛陽」へ移動。落花生の畑を視察した後、中国三大石窟の1つで世界遺産に登録されている「龍門石窟」、文献で確認できる伝承上では中国最古の仏教寺院とされる「白馬寺」(西暦68年)を観光した。「龍門石窟」は北魏の孝文帝時代(471499年)に掘削が始められ、400年以上をかけて完成した。伊水のほとりの東西を山に挟まれた断崖絶壁に南北1㎞に渡り、高さ17mのものからわずか2㎝の像まで、10万体余りの仏像が保存されている。
「白馬寺」は中国最古の仏教寺院。仏教は後漢(23184年)の時代にインドから伝わってきたとされ、現在のアフガニスタンから僧侶が白い馬に経典を乗せて当時の都だった洛陽に到着。当時の白馬寺の場所は外務省の役割を担う場所で、中国における仏教発祥の地とされている。その後、名前が変わって白馬寺と呼ばれるようになった。寺院内は写真撮影禁止で神聖な雰囲気と空気を感じた。
   
【第4日目(11日)】午前7時にホテルを出発し、バスで洛陽から河南省の少林寺へ移動。中国仏教の禅宗の発祥地で、映画「少林寺」で一躍世界的に知られるようになった。武術ショーの他、少林寺歴代高僧の墓地である塔林を見学した。見学後、国内線で洛陽から上海に移動し、上海の夜景を眺めながら最後の夕食を楽しんだ。
   
上海のスーパーで漬物売場を視察
【第5日目(12日)】午前7時30分にホテルを出発。上海市内のスーパー、泰康食品と三阳食品を視察した。泰康食品ではがり生姜、胡瓜の醤油漬と塩漬、にんにくなどが量り売りされており、日本の味に近い調味に仕上げられていた。三阳食品では干した梅を甘くしたお菓子の他、楽京、ザーサイ、胡瓜、生姜、高菜など多数の種類が並べられていた。その後、バスで上海浦東空港に移動し、成田空港組、関西空港組、福岡空港組に分かれて帰路に着いた。
 
【2017(平成29)年9月18日第4906号6面掲載】
   
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