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アニバーサリー 2017年

 

アニバーサリー [2017(平成29)年]

アニバーサリー [2017(平成29)年]
 
★☆アニバーサリー 目次☆★
 
中田食品 創業120周年記念祝賀会(平成29年11月25日)
 
 
 

中田食品 創業120周年記念祝賀会

中田食品 創業120周年記念祝賀会
 
時代を切り開き産地と共に発展 200名が出席し節目を祝う
慶びの中田会長ご夫妻(中央)と
中田社長ご夫妻(左)、右は中田悠一朗氏
中田食品株式会社(中田吉昭社長、和歌山県田辺市)は2017(平成29)年11月25日、和歌山県西牟婁郡白浜町の白浜古賀の井リゾート&スパにて創業120周年記念祝賀会を開催した。衆議院議員自由民主党幹事長の二階俊博氏、和歌山県知事の仁坂吉伸氏、和歌山県議会議員の鈴木太雄氏、田辺商工会議所会頭の榎本長治氏、田辺市長の真砂充敏氏、上富田町長の小出隆道氏、全日本漬物協同組合連合会会長の野﨑伸一氏ら多数の来賓をはじめ全国の取引先と関係者、同社を退職した元幹部役員、中田食品役員、社員約200名が出席。節目の時をともに祝った。同社は明治30年(1897年)に米穀荒物商中田商店として創業し、大正15年(1925年)に梅干加工業に進出。その後、業界に先駆けて調味梅干を商品化し、通信販売等に取組んで業容を拡大していった。昭和42年(1967年)に発売した「梅ぼし田舎漬」が大ヒットし、発売から半世紀を迎える超ロングセラー商品として今も多くの消費者に愛されている。同社は梅干の国内消費を拡大し、梅産地の発展にも大きく貢献してきた。平成9年(1997年)9月には創業100周年を迎え、その年10月に天皇皇后両陛下が同社本社工場をご天覧された。また同年11月の第19回食品産業優良企業等表彰式典で農林水産大臣賞を受賞するなど、数々の栄誉と名誉に輝く紀州を代表する企業に成長、発展した。今後は梅の実の健康機能性を追求するとともに梅の更なる可能性を見出し、海外への販路開拓も視野に入れて150年、200年に向かって新たな一歩を踏み出した。
   
中田社長挨拶全文
中田社長
「本日は弊社、創業120周年の記念祝賀会にご多用のところ二階俊博先生をはじめ、仁坂和歌山県知事、県議会議員の皆様、真砂田辺市長、小出上富田町長にご臨席を賜りました。全国各地から遠くは台湾からも平素より大変お世話になっている企業、団体の皆様にご出席いただいたこと心より厚く御礼を申し上げます。弊社中田食品は創業者の中田源次郎が明治30年に米穀荒物商として創業し、大正と昭和の激動の時代を経て、梅干、梅加工食品を製造する会社へと成長してまいりまして、今年で120年を迎えることができました。これもひとえに本日お集まりいただいた皆様をはじめ、弊社を支えてきていただいた多くのお客様、多くの企業の皆様からのご愛顧の賜物と厚く御礼を申し上げます。創業者の中田源次郎は農家の次男でした。源次郎は商売を志して本家を出て村の農家が作る米を販売する米穀業と農業資材、肥料、塩、油などを農家に小売する中田商店を創業しました。昭和の時代に入って二代目の中田秀次郎が梅干やみかんを大阪の市場や北海道にまで販路を求めて個人商店を株式会社として法人化させました。昭和の高度経済成長の時代を迎えて三代目社長の中田肇が酸っぱくて塩辛い梅干を食べやすく調味した田舎漬を開発して発売しました。
 
花束を贈呈される中田名誉会長ご夫妻
ちなみに、田舎漬が誕生して今年でちょうど50年になります。当時は関東や都市部に弊社梅干の取り扱いの店がなく、田舎漬を買いたいというお客様のご要望にお応えするために昭和48年頃より通信販売を始めたことで田舎漬の知名度とともに弊社の売上が増えてきました。時代は宅配便が全国に整備される前のことで、梅干を全国の個人客に送る手段として国鉄貨物の小口荷物で発送していました。その後、宅配便が全国に整備されて産地直送ブームや健康食品ブーム、バブル景気の頃には高級ギフト需要が追い風になり、全国の市場へと販路を増やしていきました。中田食品株式会社はそれぞれの時代のお客様と小売店様のニーズにお応えすべく、製品の種類を幅広く取り揃えてご要望にお応えできるメーカーとしてご愛顧いただいてまいりました。現在では梅という素晴らしい素材をもとに紀州の梅酒や梅加工品を研究開発して新たな市場開拓に勤しんでおります。創業者源次郎の商売の原点は地域の農家の皆さんのお役に立つ商売を通じてお客様に喜ばれて地域の役に立つことであったのだと思います。それを創業の精神として中田食品は今後も梅産地の皆さんとともに歩み、梅と健康を軸にして日本の味、心の味をより多くのお客様に喜んでいただけるよう更なる努力を重ねて社会の一員としてお役に立てる企業として一歩一歩、歩み続けて次の時代へと成長していきたいと思います。
 
中田社長(中央)より寄付金が贈呈された
真砂氏(右)と小出氏(左)
それを創業の精神として中田食品は今後も梅産地の皆さんとともに歩み、梅と健康を軸にして日本の味、心の味をより多くのお客様に喜んでいただけるよう更なる努力を重ねて社会の一員としてお役に立てる企業として一歩一歩、歩み続けて次の時代へと成長していきたいと思います。本日の祝賀会は市場出荷を始めた頃の古くからのお客様や現在ご愛顧いただいている多くのお得意先の皆様、原材料、資材などのお取引の皆様、地元で大変お世話になっております企業や団体の皆様に日頃の感謝を込めて開催させていただきます。また、この祝賀会は、弊社の礎を築き発展させて私たちをここまで導いてくださった中田肇会長夫妻に対する感謝と崇敬の思いを込めて、また弊社を退職された元幹部役員の皆様にも感謝を表して一緒に祝っていただきたい、そんな気持ちを込めて開催させていただきます。短い時間ではございますが、この宴をお楽しみいただければ幸いに存じます。本日は誠にありがとうございます」
 
 
野﨑氏
 
山本氏
 
二階氏(前列・中)を囲んで記念撮影
   
200年に向け新たな一歩を
中田社長や来賓による鏡開き
明治30年(1897年)に和歌山県西牟婁郡下秋津村において中田源次郎氏が中田商店を創業。創業者の遺志は第二代社長の中田秀次郎氏、第三代社長の中田肇氏(現名誉会長)、第四代社長の中田吉昭氏と受け継がれて120年。梅干加工業への進出、海外原料の輸入、「梅ぼし田舎漬」の開発、通信販売のスタートなど、常に時代を切り開き、紀州梅干をはじめとする梅加工食品の製造・販売を手がける企業として産地と共に成長、発展を遂げてきた。雇用の創出や地域貢献など、様々な事業や取組みは多くの賛辞を浴び、数々の栄誉も賜っている。節目の時を迎えた同社には業界の内外から多くの祝福の言葉と万雷の拍手が贈られた。
ムービーで中田食品120年の歩みが紹介された後、中田社長が挨拶(別掲・全文)に立ち、会社の発展に協力してくれた関係者をはじめ、会社OBらに感謝の言葉を述べるとともに、梅加工会社として、梅産地としての更なる発展を誓った。続いて衆議院議員自由民主党幹事長の二階俊博氏、和歌山県知事の仁坂吉伸氏、和歌山県議会議員の鈴木太雄氏、田辺商工会議所会頭の榎本長治氏が来賓祝辞(別掲)を述べ、祝電が披露された。
寄付金贈呈では中田社長より田辺市長の真砂充敏氏と上富田町長の小出隆道氏にそれぞれ1000万円が寄付された。真砂氏は「田辺市に多額のご寄付を頂戴いたしました。市民を代表して心から感謝を申し上げます。このご寄付は田辺市の未来につながる子供たち、青少年のために使ってほしいという強い中田社長様の意向があります。その意思に沿って有効に活用させていただきたいと思います」と述べ、小出氏は「上富田町では子供は日本の宝物として幼児の検診の時にブックスタートということで絵本をプレゼントしています。小学校に入るまでには児童に本をプレゼントし、中学校に入ったら海外研修に行くなどの取組みを行っています。そのような事業の中で有効に活用させていただきます」と感謝の言葉を述べた。
 
野﨑氏による乾杯
花束贈呈に移り、中田肇名誉会長と中田祐子夫人に社員を代表して経営管理室室長鈴木明氏と販売部次長小林恵美子氏の両名より花束が手渡された。中田社長が来賓の代表者と梅酒の鏡開きを行い、全日本漬物協同組合連合会会長の野﨑伸一氏が乾杯発声を務め、「本日は中田食品様の創業120周年式典、誠におめでとうございます。中田食品様のご活躍は業界にとっても大きな励みになります。今後は150年、200年を迎えられるわけですが、これからも業界のリーダーとして我々業界のためにもご尽力を賜りたいと思います。中田食品様のますますのご発展と本日ご出席の皆様のご健勝を祈念して乾杯の音頭を取らせていただきます」と高らかに乾杯し、開宴となった。
まぐろ解体ショーが行われるなど、和やかなムードで祝宴が進む中、アトラクションではプロマジシャンのTOKIが中田社長の協力を得ながらマジックを披露。会場を和ませるとともに予測不可能な妙技で出席者を沸かせた。
最後に中田食品常務取締役の山本和昌氏が御礼の挨拶を行い、「本日はお忙しい中、ご遠方より祝賀会にお越しいただき、誠にありがとうございました。中田社長の挨拶にもありましたように、中田食品が120周年を迎えることができたのはひとえに皆様方のご支援の賜物と深く感謝しております。私どもが120周年を迎えるにあたり、この機会にこれからも変えてはならないこと、そして変えていかなければならないことを再確認しました。変えていかなければならないことは創意工夫、改善努力を積み重ねさらに信頼される会社になりますよう誠心誠意取り組んでまいります。また、皆様方におかれましてはビジネスパートナーとしてその絆をさらに強めてともに発展していけますよう、頑張ってまいりたいと思います。皆様方におかれましては引き続き変わらぬご支援とご指導を賜りますよう、よろしくお願いいたします」と述べ、閉会となった。
出席者見送りには中田名誉会長と中田祐子夫人、中田社長と中田祐子取締役販売部長、中田社長ご夫妻の長男である中田悠一朗氏が並び、列席者にお礼を述べ感謝の誠を捧げた。
 
 
創業120周年記念祝賀会
 
TOKIさんのマジックを手伝う中田社長
   
衆議院議員 自由民主党幹事長 二階俊博氏挨拶 「健康面で大きな役割」
二階氏
「中田食品さんは郷土の誇りです。120周年、本当におめでとうございます。一言で120年と言っても、120年続けてこの業界のトップの企業としてやってこられただけではなく、日本中に紀州の梅、中田食品の名前が浸透していることは、私たち郷土の者にとって大変喜ばしいことです。本日、地元の皆様をはじめ、会社の皆様、関係の皆様からの心からの祝福をいただき、120年のお祝いができることについて私共も嬉しく思っています。日本だけではなく、世界中に梅を展開されているわけですが、この勢いに乗ってさらに大きく広げていただきたい。中田食品さんの商品は日本人の健康を守る、健康を増進するという意味で大きな役割を果たしています。梅の商売と同時に日本人の健康を守るという意味で大きな役割を果たしているということを広めていただき、多くの人が元気に生活を送れるようにしていただきたい。郷土の誇りである中田食品さんの仕事をみんなで盛り上げていきたいと思います。皆さん中田食品さんの仲間として、本日このお祝いの席に出席した以上、次なる100年、200年とますます繁盛が続いていきますよう、みんなで応援しようではありませんか。皆さんによろしくお願い申し上げますと共にお祝いの言葉といたします」
 
和歌山県知事 仁坂吉伸氏挨拶 「一致団結で企業発展」
仁坂氏
「創業120周年、誠におめでとうございます。和歌山県には創業から120年経つ企業はあまりありません。戦前から四代にわたって成長されてきたということですが、発展段階を経てグッと上昇されてきたように思います。梅干を始められた後、日本で初めて調味梅干を発明されてユーザーが一気に増えたことだと思います。それから梅酒をやられたことも大きかったと思います。中田肇名誉会長や中田社長とお話ししていると分かるのですが、日々色々な工夫をされています。そういった日々の積み重ねというのは中田食品さんに務めている方、あるいは協力している方々、全ての方が一致団結して取り組んでいるからできることだと思います。日々の革新によって会社が発展しているということです。また、その発展によって『みなべ・田辺の梅システム』が世界農業遺産に登録されて観光としても売り出せるような体制になってきました。農家の梅生産が守られているということは梅を加工するメーカーとの関係が上手くいっているからだと思います。そういった意味では中田食品さんは多くの人を幸せにしてくれています。私事ではございますが、中田肇名誉会長は私の田辺の後援会長をしていただいており、いつもお世話になっております。よくアドバイスをしていただくのですが、本当に的確でありがたく思っております。田辺市内の横に道ができて、田辺の町が締まるようになりました。その道が半分までできたところで名誉会長にあと4、5年でできないと、と言われてしまったのですが、本当に4年くらいで出来上がりました。県も頑張りましたが、土地を提供していただいた方々も含めてみんなで一致団結したからできたことです。これも英断ですが、中田食品さんは立派なお店を作られ、観光客を呼ぶルートができて和歌山県にとっても大きな武器になりました。名誉会長は超人です。中田社長は世界中を飛び回っていて、海外に梅干や梅酒を売り出しています。これらの商談は恐らく中田社長が1人でやっていることだと思います。和歌山県も海外に業界の方とセールスに行くのですが、個人的に動けない人もいらっしゃいます。そんな中、1人で来られて商談をまとめてしまう中田社長を私は心中密かに隠れ超人と呼んでいます。2人の超人に支えられて社員の方も頑張って、田辺市の皆さんとも仲良くされて地域の方々と共に中田食品さんがさらに発展されることを心からお祈り申し上げます」
 
和歌山県議会議員 鈴木太雄氏挨拶 「心の味を世界に拡散」
鈴木氏
「中田食品様の創業120周年記念祝賀会が開催されますことを心からお慶び申し上げます。皆さんは中田食品さんというと、どのような商品を思い浮かべるでしょうか。私は田舎漬です。田舎漬は当地域を支え、紀州の梅を全国に知らしめた商品です。私も幼いころから実家のテーブルの上に田舎漬が乗っていました。いま改めて食べてみると幼少の頃を思い出すと言いますか、そういったことがあります。色々と考えてみましたが、食べる商品でそのようなものはあまりないのではないでしょうか。そのような意味でも中田食品さんの歴史の積み重ね、培われてきたものが大きいと思いますし、それが中田食品さんの力にもなっているものだと思います。社会はグローバル化が進んでおりますが、中田食品さんにおかれましては海外市場にも積極的に展開されています。中国の大連では1年に一度、日本企業を集めて大商談会を開催しており、私も3、4年前に行きました。その中で和歌山県からは中田食品さんだけが参加され、梅酒を中心とした販売を行い、地域の方々とのコミュニティーを図っていました。それを見た時、梅酒を中国の方にも理解していただくためにこんな所まで来られているのか、と深く感心させられました。これからも日本の味、心の味を全国各地のみならず世界に向けて良い意味で拡散していただき、地域の先駆者として頑張っていただきたいと思います。県議会議員といたしましても基幹産業である梅産業の発展を支えて汗をかいてまいりたいと思います。これからも中田食品さんのますますご繁栄とご隆盛をお祈り申し上げます」
 
田辺商工会議所 会頭 榎本長治氏挨拶 「田辺と共に歩む企業」
榎本氏
「中田肇名誉会長は私の二代前の田辺商工会議所会頭を務められておりました。歴代会頭の中で最長となる約14年間という期間で務められました。私共もご指導をいただき、感謝しております。名誉会長がお若い時に白浜田辺青年会議所の第7代の理事長を務められ、吉昭社長は第35代理事長ということで親子2代にわたって理事長を務めておられます。120年という重要な節目を迎えられたことを私共も心から喜んでいます。梅の産業についてですが、みなべと田辺で全国の50%が生産されています。事業者は80社、農家との兼業も合わせると約500事業所に上りますが、中田食品さんはその中でも断トツトップの企業で、全国の中でもトップ企業として知られています。梅の栽培は当地域で江戸時代から続いておりますが、梅を市場に供給するという地域を背負った形の産業として成り立たせていただいていることについて、心から御礼を申し上げます。今の世の中では物を売ることが一番難しいと思います。そのような中で中田名誉会長は早くから産直の通信販売を手掛けられ、直に消費者に商品をお届けするという形の中に大きな技術革新があったものと思います。さらに中田社長は海外を視野に入れており、様々な活動、営業をされています。11月の初めに弁慶国際映画祭が3日間に亘って開催されました。その実行委員長を務められたのは中田社長です。弁慶国際映画祭は30分以上の作品を対象に新人監督が応募するのですが、今回は約400作品集まりました。その中で13作品が上映されて大賞が決まります。今回が11回目の開催だったのですが、新人監督の登竜門として知られています。それを中心となって支えてきたのが中田社長です。田辺を中心とした映画が作られ、その映画がカンヌ映画祭に出品されることになりました。一堂カンヌへ行ったわけですが、その時に中田社長はイギリスの方と知り合い、先日もイギリスに梅酒を売りに行かれたということでした。中田社長は大きな視野で前向きに物事に取組まれており、大きな会社の経営管理も含めて世界を飛び回っているのですが、奥様も販売部長として業務を行っております。中田名誉会長は毎日会社に出勤されて睨みをきかせていらっしゃるということです。中田食品様の企業としての強さ、成長の秘密はそのような所にあるものだと思います。中田食品様がさらにご発展していだければ、田辺地域、梅を作っている農家の方の所得につながります。これをさらに伸ばしていただき、田辺地域とともに歩む企業としてさらにご発展されますことを祈念しております」
【2017(平成29)年11月27日第4914号1~3面】
 
中田食品株式会社HP http://www.nakatafoods.co.jp/
 

マルハチ 農林水産大臣賞受賞感謝の集い

マルハチ 農林水産大臣賞受賞感謝の集い
 
阿部武敏会長
 
阿部敏明社長
 
阿部光明専務
 
阿部武秀副社長
 
 
原田庄内町長
 
長谷川頭取
 
田澤議員
 
臼井社長
 
 
池田氏
   
盛大に行われた感謝の集い
地域農業実践の協働
伝承野菜で食文化を形成
 
株式会社マルハチ(阿部敏明社長、山形県庄内町)は2017(平成29)年9月8日、山形県鶴岡市のグランドエル・サンにおいて「農林水産大臣賞受賞記念」感謝の集いを開催。契約農家、地元名士などをはじめ、食品・流通企業の代表者、社員OBなど約250名が参加。盛大ながらも温かな雰囲気で祝賀会は執り行われた。同社は今年3月、第38回食品産業優良企業等表彰において農林水産大臣賞(食品産業分門・農商工連携推進タイプ、主催‥一般財団法人食品産業センター・公益財団法人食品流通構造改善促進機構、後援‥農林水産省)を受賞した。この賞は、国民経済の発展及び国民生活の向上に重要な役割を果たしている食品産業に関し、食生活ニーズに対する的確な対応、農商工連携推進等による地域農林水産物の利用増進、生産性の向上、流通の合理化、3Rの推進・省エネ等による地域環境の保全、消費者対応等について、顕著な功績を挙げた者及び食品の製造加工等において高度な技術・技能を有する者に対して贈られる最高賞であり、マルハチを代表する「雪ん娘」、「若もぎ小茄子」、「山形のだし」などの商品品質の高さはもちろん、地場産業への貢献と契約栽培による農業振興が認められ受賞の運びとなった。この祝賀会は地元名士、取引先代表者、会社OBら多くの関係者が参集する中、契約農家や栽培指導員らと和やかに話す阿部社長はじめ役員、多くの社員が一堂に会し、喜びを分かち合い、気持ちを新たにして次へのステップを目指すという気概で溢れていた。受賞記念祝賀会の模様を伝えつつ、マルハチの功績をあらためて振り返る。(中村裕貴)
◇ ◇
 
「雪ん娘」が入った
マルハチ特製お漬物
祝賀会冒頭、開式の辞には阿部光明専務が立ち阿部敏明社長が挨拶を行った。阿部社長は「地域発展と地域資源の有効利用が客観的に評価された。ひとえに契約農家の方々のご協力のおかげに他ならず誠に感謝申し上げる。当社は味噌醸造から始まり漬物を作り、浅漬へと発展していった。契約栽培は、昭和30年代後半、沢庵製造という形で大根から始まり『安心・安全は畑からが大事』という考えが生まれ『そこから生まれる商品開発がマルハチの命』となった」とマルハチの軌跡を振り返り、商品開発については「昭和50年代に合成3品である、合成着色料・保存料・甘味料を使用しない漬物作りを目指す中で温海かぶと出会い弊社のスタンスが固まった。社風や方針も出来上がった。新たな品種確保としては庄内産青唐辛子もあり、それを乳酸発酵させて食べやすく刻んだ『味噌南蛮』も生まれている。創業100年を迎え、これまでの取組みの継続を誓うとともに10年、20年先を見据えていきたい。今回の受賞は関係者の協力の賜物であり、あらためて御礼を申し上げる」とし開会の挨拶を述べた。
 
農林水産大臣賞の賞状が
会場で飾られた
そして、祝辞にはマルハチと創業以来共に歩んできた多くの企業代表者が登壇。株式会社山形銀行長谷川吉茂頭取は「心を込めた製品・サービスを一人でも多くの人に喜んでもらうため、安心・安全のマルハチブランドの商品を山形から日本全国、世界に発信していくことをこれからも期待している。全国でも有数の技術・技能を持つ山形県を代表する老舗企業の一つとしてますますのご発展とご成長をご期待申し上げる」と挨拶。
山形県議会議員の田澤伸一氏は「『山形のだし』の農林水産大臣賞に続き今回は企業としての取組み自体が評価された。契約栽培の農産品の付加価値を高める6次産業化により農家の経営をも安定させ地域活性化に役立った。百年企業として利益追求だけでなく地域貢献もしている」と評価し祝辞の言葉に替えた。
原田眞樹庄内町長は「会長のチャレンジ精神、社長の研究開発力、専務の営業力それぞれの持てる力を最大限生かしながら今日における素晴らしい事業の成功に至った」としマルハチのこれまでの歩みを称賛。6次産業の取り組みに関しては「生産・加工・販売を一体化させることだがマルハチさんは単に一体化させるだけでなく、農家の所得増加とともに加工面においても仲間同士、働ける場を提供するといった形で就業率向上にも大きく貢献している」と評価し、マルハチが地域と共に歩む企業としてのモデルケースであることを紹介した。
株式会社山重の臼井宏二社長は「振り返れば1回目の農林水産大臣賞は全国的に量販店で定番として販売されている『山形のだし』で受賞した。その後シリーズ化された『スタミナだしらー油』と合わせてそれぞれ70万パックの月間140万パックを記録したことは鮮明な記憶にある」とし輝かしい業績を紹介。今回の受賞については「二度目の受賞は企業の取組みそのものが評価された。契約栽培の方々や栽培指導員の方々、広域物流を担って頂いている物流企業の方々、地元企業のなど、全員の協力により獲得した農林水産大臣賞だと思っている。7年間で2回目の農林水産大臣賞受賞はこれまでにない快挙であり業界としても誇りに思う」と敬意を表した。
 
契約栽培農家の方と談笑する阿部会長
祝辞終了後は数多くの祝電・メッセージ、お祝いの花が届けられたことが紹介され声楽家の池田美保氏による『お祝いの歌』が披露された。池田氏は、「阿部武敏会長、阿部敏明社長、阿部光明専務を心から尊敬している。社員の皆様同様、私も素晴らしい会社と出会えたことに感謝している。本日は皆様に夢を持って元気に頑張って頂きたいという気持ちを込めてロミオとジュリエットより『私は夢に生きたい』を歌うのでお楽しみ下さい」と挨拶。唱歌に移ると会場は和やかな雰囲気に包まれた。
会長謝辞では阿部武敏会長が「農林水産大臣賞受賞は今日ご臨席頂いた方々の協力のおかげ。その気持ちを込めて『感謝の集い』という形で開催させて頂いた。これまで地道に取組んできたことも受賞に繋がったわけで、我々は今の仕事に誇りを感じている。二代目阿部武廣は、〝地元農産物を中央に売ってこの地元を豊かにするのだ〟というのが口ぐせであった。父は志半ば55歳という若さで急逝したが、わたしたち兄弟が夢を受け継ごうと40年間無我夢中で突っ走ってきた」とこれまでを振り返った。
そして、阿部会長は最後に「ヒット商品を生み出すことができたのも契約栽培農家の協力があったからだ。中には2代にわたり契約栽培を受け継いでいる方もおり、若い後継者も増えている」とし地元生産者を労った。乾杯発声は山形県を代表する食品スーパーを経営する株式会社ヤマザワの木村孝専務。アトラクションでは声楽家の池田美保氏が再び登壇し、ピアノ演奏を行い会場の祝宴ムードはさらに盛り上がった。
今回の祝賀会では、司会者が会場で出席者にインタビューも行った。最初にそれを受けたのは横沢政祐氏。同氏は阿部会長、阿部社長、阿部専務を学生時代から知る恩師であり、特に阿部社長は中学3年間の担任という形で深い交流が持っている。
横沢氏は「3人とも人格円満、頭脳明晰であった。お兄ちゃんの武敏会長や光明専務は社交性がありとても明るい。社長の敏明さんは、誠実で真面目、人の信頼を一心に集めるような生徒で学級委員を務めた。皆をまとめる力が至らない教師を大きく支えてくれた。3兄弟のスクラムは大きなうねりとなり地域社会に貢献することだろうと期待している」と述べ会場は大きな拍手に包まれた。
 
閉会の言葉では社員全員が
前面に並んだ
続いてインタビューを受けた株式会社石山の田村武久常務取締役は「マルハチさんとは親世代からのお付き合いでこの度も(会場で出席者全員に配られた)阿部社長からのお手紙で暖かいお言葉を頂いた。マルハチさんは本当に社員を大事にされている。農家の方も大事にされ、資材関係者も大事に扱って頂いている。本当に感謝している」とし、阿部社長からの手紙を読み上げた。手紙には沢庵包材時代からの付き合いに対する感謝の気持ちが余すところなく伝えられており両社の絆の深さが伝わる事となった。
最後のインタビューは契約栽培者の青山光三氏。同氏は「父が大根の契約栽培を始めた頃からの付き合いで私が2代目。家族ぐるみでお世話になっており会長らとは同年代。会長はうちの亡くなった姉の名前も覚えていてくれた。姉が逝く時も暖かい言葉を頂いた。とりとめもない言葉になったが、これからも宜しくお願い致します」と涙ぐみ話を終えた。万感たる思いが伝わり会場は温かい雰囲気に包まれ長い拍手が続いた。そして、阿部社長からの感謝の手紙が、池田美保氏にも直接手渡され〝感謝の集い〟は大団円を迎えた。その名にふさわしいお互いを思いやる慶賀に堪えない祝賀会となった。
万歳三唱には株式会社石山の石山幸夫社長が立った。石山氏は「これからもマルハチ様応援団の一員として、マルハチ様を支えていきたい。今日の喜びも分かち合いたい。マルハチ様のますますのご発展、契約農家様のますますのご発展、参集頂いている皆様のご多幸を祈願する」とし、万歳三唱を発すると、出席者一同で唱和された。
閉式の言葉には株式会社マルハチの阿部武秀副社長が登壇。阿部副社長は「以上を持ちまして、農林水産大臣賞受賞記念感謝の集いを閉会する。我々マルハチ社員一堂、皆様と一緒にお客様にお喜び頂くためにより一層頑張って参る。本日はありがとうございました」と挨拶。盛大な拍手が送られ「農林水産大臣賞」受賞記念・感謝の集いは閉会となった。
 

 
受賞のポイント
栽培指導員の方々と
域農業実践の協働
伝承野菜で食文化を形成
食品産業優良企業等表彰で農林水産大臣賞(農商工連携推進タイプ)を受賞した株式会社マルハチは、地域農業者との協同を実践するための「マルハチ協働ファーム」を設定。農業者の所得向上策や漬物作りの体験を通した食育事業の推進、伝承野菜の栽培拡大を核とした地域食文化の形成等に注力した。
そのためには、競合他社がつくれない商品を市場に提供し続けることを必要とし、農産物拡大の実現策として、合成3品(合成着色料、保存料、甘味料)を一切使わない技術を開発・全商品に適用することで絶対的な安全・安心を提供し差別化戦略・農産物拡大策としている。
農産物の栽培技術指導のために社内に栽培指導組織を作り、専門スタッフによる農家支援のための体制づくりと施策も長年実施している。
また、マルハチが構築している社員づくりのための各種制度を活用した「地域のリーダーづくり」を視野に、地域活性化に必要な「人づくり」を推進し、「企業・農家・地域」が一体となった6次産業化の実践事業形成を目指している。
農商工連携の推進を掲げた国産農産物の利用、契約栽培の状況では、原料調達に係わる国産農産物の比率を年々高めることに注力。特に県農産物及び伝承野菜を中心とした契約栽培からの調達量を拡大させている。さらには、地域農業者の所得増加を図るためにも県内産原料の仕入れも年々増加させている。独自の契約スタイルとしては、各農家を地域や団体単位でグループ化(36グループ、208戸、農業者との直接契約・農協契約)し、そのグループごとに作付け野菜や収穫量等を決定。生産者への技術指導や農業への支援では、契約栽培基準を基にした技術指導として作付品目別に「原料作付マニュアル」を作成し、これを基にして土壌調査から収穫までの全19工程についてのマルハチ独自規格に沿った指導を行っている。
また、作付前の段階で農家ごとの作付品目・面積・収穫予定等を記載した栽培契約書を取り交わし、価格設定・全量買取りを約しているため年度初めに各農家が安心して農作業に取組む環境も作っている。契約栽培では、栽培技術力の差より収量に大きなばらつきが生じると、どの農家にも安定収量を確保してもらう目的から、平成元年からは栽培技術指導員を養成し指導も始めた。県外等他地域が主産地となっている農産物でも同社が必要としている品目についてはその栽培方法や技術指導等を実施し1農家単位の複数作目を奨励し、所得向上に寄与している。
国産農作物を利用した商品開発では、庄内地方の自然が生み出す野菜の美しさをそのまま消費者に提供していくことを原点に研究開発部(現状研究員6名体制)を中心に「新商品開発」・「既存商品改良改善」に取組んでいる。
商品開発を手掛けるに当たり、社内組織として商品開発会議、営業商品開発会議によるアイディア会議や商品化検討を行っており、これまでに「あつみかぶ」の発色技術の開発等の野菜加工分野だけでなく、漬液開発(漬液透明化:若もぎ子茄子)にも着手し3年間に及ぶ期間を経て業界初の商品化に成功した。
販売促進においては、当日発注・当日出荷システムを構築。これは、「浅漬」であることや、従来の漬物製造法であれば加熱殺菌により賞味期限を長く保つことができるが、新鮮な野菜を新鮮なうちに取引先に納品することが、販売促進の第一と考え、受注・当日発注・当日出荷システムをコンピューターと経験に基づいた当社独自の生産管理システムにより当日発注・当日出荷を実現。消費者向け販促では取引先売場にて試食販売を実施するなど、エンドユーザーから直接評価を得て、改善や改良を行う工夫を行っている。販売商品への消費者からの要望を反映し、リニューアル商品対応や新商品開発の基礎にもしている。
社会貢献では、環境整備の一環として、社員全員で通学路になっている本社前歩道に花を植える活動を平成5年から毎年継続して実施。地元庄内町の4つの小学校には工場見学や浅漬作りを体験してもらうという食育も行っている。その他、研修正受入制度では、平成27年より「JICA青年研修受入事業」への参加を実践。山形大学農学部との連携では、伝統野菜の研究や新商品開発の技術相談等を行うとともに、各種情報の共有化を図りながら、地域の農業育成などの事業展開を行っている。
原料原産地表示の取組みは食品表示基準に基づいた形式の他、表示義務以外の独自記載として「山形県産使用」という形で伝承野菜や郷土料理であることを表示し、地域食文化を発信することで差別化商品としての価値を高めている。
設備面ではHACCPに準じた品質管理システムに加え、環境保全の観点から平成16年にはISO14001(本社工場)し、平成23年には品質第一をモットーとするためISO9001を取得(東京工場)している。
 

 
会社紹介
祝賀会での万歳三唱
キラリと光るマルハチ
老舗漬物メーカーの功績
創業から103年目を迎えた山形県庄内町の老舗漬物メーカー、マルハチ。代表的な商品として地元伝統野菜である温海かぶを使用した「雪ん娘」や漬液を透明にする技術を生かした小茄子漬「若もぎ小茄子」、郷土料理を全国に届けたいという気持ちから開発された「山形のだし」などが有名。
「創造・挑戦、キラリと光るマルハチ」を掲げ、売上は県内随一、東北でもトップクラスである。
創業は1914(大正3)年で、みそ醸造・小売りの「黄金屋」が前身であり初代、阿部八十八氏が会社を興した。
2代目、阿部武廣社長就任は1968(昭和43)年。地元農産物を漬物工場で加工し全国販売で地元活性化を図った。しかし、主力商品「羽黒たくあん」は、全国ブランドになるも競合メーカーの参入で競争は激化。そうした中で3代目、阿部武敏社長(昭和52年社長就任、現会長)は、地元振興に目を向け伝統野菜から数々の新商品を開発。特に1980(昭和55)年に開発された「雪ん娘」は空前のヒット商品となる。また、2001(平成13)年には「山形のだし」が第16回優良ふるさと食品中央コンクールで農林水産省総合食料局長賞を受賞し同社の躍進に繋げた。
4代目、阿部敏明社長は2008(平成20)年に就任。2010(平成22)年、第12回山形県漬物展示品評会で「山形のだし」が最高賞の農林水産大臣賞を受賞。阿部社長はその後も創業以来の精神である『品質へのこだわり』を大きなテーマに掲げ、生産者と二人三脚で地場産業の拡大に動き、原料確保という加工メーカーとしての供給責任を果たすと同時に契約栽培における相互繁栄にも道を開いた。その功績が認められ今年3月、第38回食品産業優良企業等表彰で農林水産大臣賞の栄誉に輝いた。7年で2回の農林水産大臣賞受賞は業界でも例がなく、同社の躍進には注目が集まっている。
【2017(平成29)年9月18日第4906号8面】
 
株式会社マルハチ http://maruhachi.n-da.jp/
 

ピックルスコーポレーション 東証一部に上場

ピックルスコーポレーション 東証一部に上場
 
上場セレモニーで記念撮影
 
 
上場通知書を受け取る荻野会長
 
鐘を鳴らす宮本社長
   
500億円企業を目指す
 株式会社ピックルスコーポレーション(宮本雅弘社長、埼玉県所沢市)は2017(平成29)年11月6日、東京証券取引所第二部から同取引所第一部銘柄に指定。東京都中央区の東京証券取引所2階オープンプラットフォームで上場セレモニーを開催した。これより同社は売上高500億円、そして1000億円の大台を目指す。
 同取引所役員との歓談を終えた荻野芳朗会長、宮本社長ら同社経営幹部はプラットフォームに登場。会場に集まった同社社員や関係者の拍手で迎えられた。上場通知書・記念品贈呈式では、同取引所の谷川勲執行役員から上場通知書が手渡された。
 続いて「祝市場第一部指定」と映し出された電光掲示板前、同社の社名が堂々と流れるチッカー(マーケットセンター上部の円形の電光掲示板)前で記念撮影を行った。その後、経営幹部はVIPルームに移動。鐘を木槌で叩くと音色が取引所に響いた。
 セレモニー終了後、荻野会長と宮本社長は報道関係者の取材に応じ、荻野会長は一部指定達成の感想として「第2ラウンドが終わり、これからやってやるぞという気持ち。今までは上場のための売上、利益を優先していたが、今後は『社員ファースト』と『社会貢献』をしっかり実現していく」と話した。また、取引先にも「今までご支援頂きありがとうございます。これからは一部上場企業として恥じないよう、更に会社を作り上げていきたいと思いますので、引き続きご協力を頂きたいと思います」と述べ、感謝の意を伝えた。
 宮本社長は「九州工場も来年3月に完成予定、関西の第2工場も予定が立ち、全国にインフラが整う。一部上場を新しいスタートとして全国の拡販に努めていきたい」と話した。人材確保についても「今回の一部上場で、応募人数の増加、よりレベルの高い人材が期待できる。また既存社員のモチベーションも変わってくると思う。そういったことも含めて採用活動を展開していきたい」と意気込みを語った。
 また、同社は12月1日をもって新設分割会社を設立、漬物の製造・販売事業を承継する兵庫県姫路市の手柄食品(三木仁蔵社長)より、株式を譲渡されることになった。同社工場はピックルスコーポレーション関西の第2工場として機能する見込み。荻野会長はセレモニーの場で「手柄食品の製造ラインナップなどを絞り込んでから再スタートさせる」とコメントした。
 【新設分割会社の概要】
商号:株式会社手柄食品(新設分割会社) 本店所在地:兵庫県姫路市御国野町深志野町431‐1 代表者:取締役社長 大西敏彦 事業内容:漬物の製造及び販売 資本金:6000万円 設立年月日:2017年12月1日
 ※新設分割会社設立と同時に、現在の株式会社手柄食品は商号変更を予定している。
【2017(平成29)年11月13日第4912号1面掲載】

 

株式会社ピックルスコーポレーション http://www.pickles.co.jp/

 

 

 

全日本漬物協同組合連合会青年部会 第36回全国大会・鹿児島大会

全日本漬物協同組合連合会青年部会 第36回全国大会・鹿児島大会
 
鹿児島県と次回開催の神奈川県メンバー
 
約200名が出席した大会式典
 
 
堂園大会会長
 
中園実行委員長
 
野﨑全漬連会長
 
中園全漬連副会長
   
堂園会長(右)から大曽根部長へ青年の輪を伝達
 全日本漬物協同組合連合会青年部会の第36回全国大会鹿児島大会(主管=鹿児島県漬物商工業協同組合青年部会、堂園春樹大会会長、中園宗伴実行委員長)が2017(平成29)年10月20日、「城山観光ホテル」で開催され、全漬連の野﨑伸一会長、秋本大典副会長、河島歳明副会長(青年部会担当副会長)、鹿児島県中小企業団体中央会青年部会の宮武秀一会長ら来賓をはじめ、全国青年部会員、協賛企業など計200名が参加した。
 鹿児島県での全国大会開催は、平成3年の第10回大会以来26年ぶり。当時の大会会長は、現在の鹿児島県漬物商工業協同組合理事長の中園雅治氏。同大会では、鹿児島県青年部から提案された「つけものの日」制定に関する議論が活発に行われ、現在の「毎月21日はつけものの日」制定の礎となった大会でもあった。
 今大会のテーマは『来年 明治維新150年 変革と黒』。黒船来航に始まる明治維新における重要な役割を果たした鹿児島県に漬物業界の若き志士達が集まり、まさに変革期を迎えた業界のこれからについて大いに語り合う、歴史的大会となった。
 第一部式典では、前回(和歌山)大会を踏襲して冒頭に青年部会方針朗読(水溜光一副実行委員長)、青年部会宣言文朗読(後藤貴彦副実行委員長)が行われ、原料を供給する農家の現状や、漬物を含む日本食の普及などに会員相互が連携して取り組む決意を新たにした。来賓祝辞に続いての全国各ブロック事例発表では、東北・関東・中部・関西・九州から出席した各単県の代表者による状況報告(主に原料動向)も同時に行われ、参加意義を持たせたプログラムともなった。
 青年の輪伝達式では、次回開催県である神奈川県漬物工業協同組合青年部会の大曽根史典会長に堂園会長から青年の輪が手渡され、青年部会員の思いを来年へと繋げた。
 第二部では、講演会としてかごしま漬物大使の玉利光一氏(KTS鹿児島テレビタレント)と東川隆太郎氏(NPO法人まちづくり地域フォーラム・かごしま探検の会代表理事)による「明治維新と漬物」と題したトークセッションが行われ、来年の放送が決まっているNHK大河ドラマ「西郷どん!」の裏話や、明治維新の立役者たちのエピソードが語られた。
 続いて行われたクイズ「漬物王決定戦」は、21問出題された漬物に関する難問に、各県参加者が早押しで答えるという新趣向で大いに盛り上がり、5問を正解した滋賀県が優勝。見事に賞品の黒毛和牛と黒豚肉を手にした。
 第三部交流会では、かごしま漬物大使の天達美代子氏や前田瑠美氏のライブ、大使全員による「漬物の歌」などで会場を沸かせた。「事例発表会」の表彰では九州ブロック(鹿児島県青年部)の「7月7日は高菜の日」についての発表が優勝。「漬物品評会」では大阪府漬物事業協同組合青年部の「みずなす茶漬」(堺共同漬物㈱)が1位に輝き、連覇を果たした。
 大会に先立って行われた全国部長会議では、再来年の次々回大会が滋賀県で開催されることが決まった。翌21日には島津ゴルフクラブにおいて親睦ゴルフコンペが開催され、33名が参加。優勝には、高松雅彦氏(㈱かわかみ営業課長)が輝いた。
 
 
玉利氏(右)と東川氏
 
初代漬物クイズ王に輝いた滋賀県を祝福する堂園会長
 
鏡開きのあと、高らかに乾杯
 
(左から)全漬連・藤川専務理事、中央会青年部・宮武会長、中園副会長、野﨑会長、秋本副会長、河島副会長
 
漬物品評会で審査のため実食
 
漬物品評会での上位入賞者
1位 堺共同漬物㈱ 営業部次長の林野賢寛氏(左から2人目)
2位 後藤漬物㈱ 製造部課長の後藤貴彦氏(左から3人目)
3位 ㈱丸長食品 生産係長の中村太紀氏(左端)
 
漬物品評会で1位となった堺共同漬物(大阪府)の「みずなす茶漬」
 
同2位、後藤漬物(鹿児島県)の「糖しぼり糠」
 
同3位、丸長食品(滋賀県)の「まぜちゃい菜」
 
事例発表の優勝トロフィー授与
 
天達美代子氏(左)と山中多喜子氏
 
前田瑠美氏による見事な瓦割り
 
“漬物の歌”を唄うつけもの大使と鹿児島のメンバー
 
 
次回開催の神奈川県メンバー
 
ゴルフコンペ参加者による記念撮影
 

カネリョウグループ髙木商店 創業50周年祝賀会開く

カネリョウグループ髙木商店 創業50周年祝賀会開く
 
髙木良一会長
髙木良一会長
 
髙木良樹社長
髙木良樹社長
 
髙木良將取締役
髙木良將取締役
 
 
祝賀会の会場
盛大に開かれた創業50周年記念祝賀会
 
会長夫妻を囲んでOB・OGと記念撮影
会長夫妻(中央)とOB・OGの記念撮影
   
2017(平成29)年9月25日第4907号6面掲載
もずく等で国内トップシェア
【福岡支局】カネリョウグループ髙木商店(髙木良樹社長、熊本県宇土市)は今年で創業50周年を迎え、2017(平成29)年9月24日12時より「ANAクラウンプラザホテル・熊本ニュースカイ」(熊本市中央区)で約450名が出席し、記念祝賀会を盛大に執り行った。
同社は昭和42年に現本社地において、創業者で会長の髙木良一氏が海藻加工業を創始。その後、半世紀にわたって国内市場で事業を展開し、もずく・めかぶ・色物海藻で国内トップシェアを確立。「三陸宮城県産めかぶ」は、平成25年全国水産加工品総合品質審査会において、農林水産大臣賞を受賞している。
50年という節目の年を迎えて行われた記念祝賀会は、髙木会長の孫、髙木良將取締役による開宴の辞に続き、同社の地元・宇土市で活躍する太鼓ユニット「U.T.O15(ウトフィフティーン)」の勇壮な太鼓演奏で幕開け。次に同社50年のあゆみを記した映像が流された。
続いて髙木会長が式辞を述べ、今日までの50年を振り返って、「自分なりのやり方で海藻を加工し、それを東京の築地などで販売してきた」という経緯を途中、感極まって声を詰まらせながらも、とつとつと語った。来賓祝辞では、㈱肥後銀行江藤英一取締役常務執行役員と、谷口昌孝税理士事務所谷口昌孝所長が、「カネリョウグループは、郷土の誇り」と同社を誉め称えた。
続いて同社髙木良樹代表取締役社長が挨拶に立ち、まずこれまで同社を支えてきた取引先やOB・OGらに謝辞を述べ、「海藻は健康促進、医学的利用、美容と健康という面で世界的にも見直され、まだまだ無限の可能性がある食材」と説明した。また「現在、海外の取引先も増え、ベトナムからの研修生も受け入れ、今年度当社は熊本県から〝ブライト企業〟の認定を受けた」と報告。「今後も、地元企業の模範となるよう努力して行く」と誓いを新たにした。
今後の展望として3つを挙げ、「一つ目は、もずく・めかぶ・色物海藻で国内トップシェアを継続していくため、顧客ニーズに沿うよう安心安全な製品を製造する。商品力・提案力・品質管理を今後も強化し、更なる高みを目指す。二つ目は、付加価値の高い製品作り。自社でのわかめ養殖、大学との共同基礎研究などに取り組んでいる。三つ目は、販路拡大。海外強化やBtoBだけでなく、一般消費者とのBtoCの店舗、通販を推進していく。また、国内トップだけでなく、グローバルトップを目指す」と力強く語り、今後の支援を願った。
次に乾杯へと移り、準備の合間に祝電が披露され、㈱熊本銀行野村俊巳取締役常務執行役員が高らかに乾杯発声を行って食事・歓談に入った。
祝賀会は、マグロの解体ショー、OB・OGと髙木会長夫妻との記念撮影と進行。また髙木会長が当日、誕生日であることが報告。サプライズでケーキが用意され、会場全体がハッピーバースデーの合唱に包まれた。家族・親族による花束贈呈も行われた。
社員の飯田瞳さんが民謡「秋田大黒舞」で見事な歌声を披露。また、仙台工場の社員による「仙台すずめ踊り」などの出し物も会場を盛り上げた。宴もたけなわとなったところで、毎年行われる社員全員参加の忘年会で、必ず髙木会長が唄うという「東京ラプソディ」をカラオケで披露。社員もステージに上がり、合いの手を入れて大いに盛り上がった。
締めの挨拶として、㈲フィラガージャパン鈴木実社長が、法被姿で見事な木遣り歌を披露し、3本締めの音頭を取った。閉会にあたっては、カネリョウ海藻㈱鈴木祐介営業部長が挨拶に立ち、これまで同社に所縁の深い5名の関係者を壇上に招いて万歳三唱の音頭を取り、めでたい宴席もお開きとなった。

【カネリョウ海藻グループ】
▼売上=186億円(平成29年4月)▼従業員=グループ336名▼事業内容=食品(主に海藻)の加工販売、ドライ加工、塩蔵加工、パッキング加工、もずく加工、めかぶ加工、各種海藻加工品販売
 
カネリョウ海藻株式会社 http://www.kaneryo.co.jp/
 
 

日漬輸 台湾視察研修を実施 組合50周年で原点回帰

日漬輸 台湾視察研修を実施 組合50周年で原点回帰
 
菅野理事長
 
宮前旅行担当
 
楊董事長
 
楊業務部経理
 
 
訪問先の榮祺食品工業股份有限公司で歓迎を受ける一行
 
台湾メーカーとの夕食会で懇親を深めた
 
 
榮祺食品工業で情報交換
 
榮祺食品工業の商品を試食
 
濱江市場で野菜や漬物を視察
   
2017(平成29)年2月27日第4880号1・9~10面掲載
 日本漬物輸入事業協同組合(菅野弘理事長)は2017(平成29)年2月14日~17日の4日間、台湾視察研修旅行を実施した。同組合が設立された昭和41年からちょうど50年を迎える年に当時漬物原料の供給地として勃興していた台湾を原点回帰の思いを込めて訪問。日本への輸出をメーンとして業績を伸ばしている現地メーカーと交流の場を持ちながら、長い月日の中で原料産地や現地メーカーの変化を感じ、今後の可能性を探った。観光では戦前に文字通り命がけで当時東洋一の烏山頭ダム(満水時の貯水量1億5000万t)を作って不毛の地を肥沃の地に変え、台湾で最も尊敬される日本人として今も語り継がれている土木技師の八田與一氏の記念館や旧八田邸、烏山頭ダムを見学。八田氏の偉業に感銘を受けた。その他、台湾で一番古い市場である濱江市場、1932年創立で戦争を経て2014年に再オープンした林百貨店など、台湾と日本人の関係、歴史、近年の動向まで、短い時間で見識を深めた。
 
日漬輸と輸入原料変遷
台湾の梅干原料からスタート

 日本漬物輸入事業協同組合は昭和41年11月28日、島村俊氏を初代理事長として設立した。
 漬物の原料輸入は昭和30年代中頃、和歌山県の梅干加工業者が台湾から梅干原料を輸入したのが漬物原料海外調達の始まりとされている。台湾が漬物原料輸入のスタートの地となった。
 昭和40年前後には他の塩漬野菜も生産されて輸入されるようになり、そうした時代背景の中で産地業者との情報交換や品質、価格の話し合いなどを目的にいくつかの組合が誕生した。
 輸入原料を扱う漬物業者が加盟した組合は、日漬輸の他に日本梅生姜輸入組合、日本蔬菜類輸入組合漬物部会が発足した。
 台湾との貿易は年々拡大し、昭和49年に全日本漬物協同組合連合会、日漬輸、他2団体が日華漬物貿易振興委員会を組織し、日台会議が開催されるようになった。
 昭和55年、台湾で梅干、生姜の産銷計画が持ち上がり、梅干は和歌山県の梅干業者の反対があって中止となったが、生姜は同年9月に台湾外銷加工品原料産製第一次協調会議が開催され、産銷計画が実行された。

日本の代表で中国と折衝
 昭和57年、通産省通商制作局の後援を受けて漬物開発輸入促進訪中団が結成され、19日に亘って北京、天津、南京、上海、武漢、広州を訪問。各地で漬物原料の実態調査及び増産と品質向上について中国側と折衝した。また、同58年には同様の使節団をスリランカ、マレーシアに派遣した。
 平成2年、食品産業センターの事業であるインドネシア食品加工需要開発等調査事業を受託。9日間に亘って会員を派遣し、それに合わせて海外研修を実施した。この海外研修は海外原料の産地開拓をメーンテーマに1年に一度のペースで開催され、現在も継続されている。近年ではシンガポールを訪問するなど、原料輸入だけではなく、製品輸出も視野に入れた活動を行った。
 平成12年、梅干と楽京の原料原産地表示問題が突如として浮上。日漬輸も反対の要望を提出したが通らず、漬物の原料原産地表示は平成13年10月から施行。その他の漬物も平成14年4月から施行された。
 他のカテゴリーに先駆けて原料原産地表示を義務付けされた影響は少なくなく、漬物の需要減少を加速させる要因の一つと考えられている。
 
 
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