全国調理食品工業協同組合

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全国調理食品工業協同組合 2017

 

第28回 調理食品青年交流会 名古屋大会

第28回 調理食品青年交流会 名古屋大会
 
名古屋大会の加藤大会会長(右から2人目)、岩田実行委員長(右)から次回広島大会の楠原大会会長(左から2人目)、堂本実行委員長(左)に法被が引き継がれた
   
名古屋大会盛大に開催~「継続は力なり」テーマで
岩田理事長
第28回調理食品青年交流会名古屋大会(大会会長‥加藤忠慶氏、実行委員長‥岩田晃明氏)が2017(平成29)年9月13~14日、三重県桑名市の「長島温泉ホテル花水木」で開催された。
名古屋大会は愛佃同友会のメンバーにより企画運営が行われ、全国調理食品工業協同組合から岩田功理事長、柳本一郎副理事長、加藤英敏副理事長らが来賓として出席。前回の金沢大会を大幅に上回る97名が全国から参加し佃煮の未来を大いに語らい交流を深めた。
 
柳本副理事長
名古屋大会は愛佃同友会のメンバーにより企画運営が行われ、全国調理食品工業協同組合から岩田功理事長、柳本一郎副理事長、加藤英敏副理事長らが来賓として出席。前回の金沢大会を大幅に上回る97名が全国から参加し佃煮の未来を大いに語らい交流を深めた。
今回の大会テーマは「継続は力なり!!」。原料高騰、人手不足、人口減少による消費減退・・・業界を取り巻く環境は厳しい。そのような中、どうやって事業を継続し未来に佃煮を繋いでいくか。講演会・勉強会から学び、懇親会での意見交換を通して、そのヒントを出席者が探した。
温泉旅館での開催とあって、旅館内で行われた二次会・三次会にまで大勢の出席者が参加、長時間にわたり膝を突き合わせて話す濃密な時間が流れた。
講演会では元中日ドラゴンズ投手の山本昌氏が、プロ野球の第一線で30年に亘り活躍できた秘訣などを大会テーマと同様の「継続は力なり」という演題で披露。その後の勉強会では、株式会社平松食品の平松賢介社長が「世界の食卓につくだ煮を~三河つくだ煮の未来づくり~」というテーマで講演。同社が力を入れる海外展開を中心にレクチャーを行った。
   
2つの講演会から学ぶ
青年交流会名古屋大会
次回開催は9・12に広島で
 
大会セレモニーでは、岩田実行委員長の司会の下、加藤大会会長が開会挨拶。「2年前の大阪大会でご指名頂き約2年間かけて準備をしてきました。皆様が安全に楽しんで頂けるよう最後まで精一杯おもてなしをさせて頂きたい」と開会宣言。
来賓代表として挨拶した全調食の岩田理事長は「毎回若い感性を生かし嗜好を凝らした大会運営が行われており感心しています。全調食で今一番力を入れていることが若手の研修会。一般的な研修は勉強会などが多くなりがちだが、私たちがやろうとしているのは体験・経験を通して自らに刺激を与え学んでもらうこと。今回は来年1月にサンフランシスコ研修を実施し17名にご参加頂く予定となっています。この中で全調食に入る資格があり、まだ入っていない方がいれば是非加入して頂き、今後の研修会に参加頂きたいと思う。本日は色々な方々と懇親を図り交流を深めてほしい」と話した。
乾杯発声を務めた柳本副理事長は「山本昌氏の講演会は素晴らしい内容でした。まさに継続は力なり、地道な努力を続ければ成績が上がり結果がついてくる。今の技術が一番すごいと自信をもって言えるのは、継続的に努力してきた結果。本当に勇気が湧くお話でした。平松社長にも数年にわたる経験を分かりやすくお話頂いた。佃煮を全世界へというチャレンジ自体が本当に素晴らしい姿勢だと実感しました。第一回大会から約三十年近く青年交流会に参加させて頂いているが、本当に素晴らしい大会と感じています」と話し乾杯発声、懇親会がスタートした。
懇親会では、名古屋のご当地アイドル『dela』による歌とダンスのパフォーマンスや豪華景品が当たる抽選会が行われ盛り上がりは最高潮に達した。
 
登壇する名古屋と広島のメンバー
恒例の半被引き継ぎ儀式では、名古屋大会及び次回広島大会のメンバーが登壇。加藤大会会長から広島大会の楠原雄治大会会長に半被が引き継がれた。
楠原会長は「広島大会の日付は2018(平成30)年9月12日に決まりました。私は広島佃煮研究会で会長をやらせて頂いており、13名の会員が力を合わせて大会を開催させて頂きます。広島での開催は4回目となり、これまで広島らしい内容で開催されてきた流れを絶やさずに企画していきたい」と決意表明。
堂本英伸実行委員長は「ご参加頂く皆様に、次は何があるのだろうというワクワク感、凄いなあという心震える感動、大会に参加して良かったと思ってもらえる充実感を味わって頂ける大会を目指したい。広島が世界に誇る食品メーカー2社による講演会も予定していますので、是非、来年ご参加をお待ちしています」と呼びかけた。
閉会挨拶は酒井幸太郎事務局長が務め、「名古屋の先輩方から叱咤激励を受け、全国から皆さんに来てもらうのだから恥ずかしくないように思いっきりやれと背中を押してもらいました。2年間準備をして、本日もできる限りのおもてなしをさせて頂いたつもりです。来年の広島大会により多くの方が参加して頂けるよう願っています」と述べ、一丁締めで大会を締めくくった。
会場を移して行われた二次会では、大林裕之氏の開会挨拶の後、浜本宝弘氏の司会進行の下、ユーモラスなクイズ大会が行われ、盛り上がった。二次会は渡邉光氏の閉会挨拶で終了。二日目はゴルフ組と観光組に別れ、ゴルフ組は「ナガシマカントリークラブ」でプレー、観光組は伊勢神宮への参拝や松阪牛の昼食をとり、参加者は充実した時間を過ごした。
 
再来年は北海道大会
代表者会議で開催地決定
 
大会に先駆け開催された代表者会議には全国から17名が出席した。
会議では次回・広島大会の開催が正式決定。再来年の次々回大会については、協議の末、北海道で開催される方向性となった。
広島大会の楠原雄治大会会長(楠原壜罐詰工業㈱社長)、堂本英伸実行委員長(堂本食品㈱取締役)が挨拶を行った後、開催地の決定方法や名簿のブラッシュアップなど大会運営の課題について意見交換が行われた。
 
講演会
元中日ドラゴンズ投手 山本昌氏 「継続は力なり」
 
私は小中学校と補欠選手だったが、中学の同じチームにいた、投げてはエース、打っては4番バッターという子に何とか勝ちたいと思い、中学2年から毎日4㎞のジョギング、100本の素振りをすることに決めた。すると中学最後の大会直前、彼が怪我をしたことで私は初めてエース番号をつけて大会に臨んだ。その大会で県大会まで出場し野球の強い高校からスカウトがかかった。エースの子の怪我が転機となったのだが、それまでに諦めず準備をしていたからこそ、転機を掴むことが出来たのだと思う。
プロに入って一番の転機となったのは、入団5年目のアメリカ留学だ。入団から4年間パッとせず、5年目に交換留学生として訪れたアメリカで、人生最大の恩師アイク生原氏に出会った。熱心に指導してくださる中で変化球をひとつ覚えろと言われ、野手が遊びで投げていた球を教わった。これが後に私の決め球となるスクリューボールとの出会いだった。何か変えなくてはいけないと必死で練習したことがスクリューボールを覚えることに繋がったのだと思う。帰国後は最多勝や沢村賞などのタイトルをいただき、優勝や日本一を何度も経験させていただいた。現役生活を長く続けていたことで、モチベーションの維持に関する質問をされることが多くなったが、私はモチベーションが下がったことは無い。ファンが励ましてくれる、契約してくれる球団がある、使ってくれる監督やコーチがいると思うと、年をとるに従ってモチベーションは高まっていった。私は単純だからかもしれないが、モチベーションが上がらないのは努力が足りないからだと考えている。自分で熱中出来ることがあれば、それがモチベーションになる。私は引退会見で悔いはあるが後悔はないという話をした。一生懸命やって来た過程に後悔はしていないが、現役最後の年に勝ち星を上げられなかったことなどは悔いが残っている。小学3年生から50歳まで、40年以上の野球人生を過ごしても悔いは残るものだとすれば、途中で投げ出せば必ず大きな後悔が襲ってくると思う。野球選手として一つの人生が終わった時、モチベーションは最後まで持っていなければいけないと私は感じた。年を取っても少しずつ続けることで体は動く。皆様には是非モチベーションを高く持ち続けて頑張っていただきたいと思う。
 
㈱平松食品 平松賢介社長 「世界の食卓につくだ煮を」
 
■海外展開に向けた体制作り
平松食品は大正11年の創業で、私は1987年に入社した。会社の転機は、1988年に株式会社に組織変更したこと、2000年に工場を移設したことだ。2003年から約1年3カ月かかりHACCP認証機関のプライベート認証を取得。その時に社員に伝えたのは、何故HACCPをとるかと言えば、「つくだ煮をアメリカやヨーロッパに出したいから」ということだ。取引先に言われたからではなく、海外に出そうという夢を語ったので社員が賛同してくれたと思っている。
■ビジネスプランについて
私は「ブルー・オーシャン戦略」という言葉が大好きだ。これは、既存のマーケットに隣接する幾つかの特徴あるマーケットに対し、各々に合った戦略モデルを作ることで、新しい価値感を持ったビジネスモデルを作れること、と理解している。既存マーケットに隣接する第1グループは、意味が無ければつくだ煮を食べない人で、おつまみとして珍味を買うような人がこれに当たると考えた。次に隣接する第2グループは、レストランのシェフたちをイメージした。知っていても、完成品であるつくだ煮をあえては利用しない人たちだ。第3グループはつくだ煮のことを全く知らない人たちだ。我々が目指そうとした海外の人たちもこれにあたる。海外の食文化の中でつくだ煮が変化し、そのムーブメントが日本に返ってきた時に国内で再評価されることを期待した。
■海外展開のスタート
私たちが色々な取り組みを始めたのは、愛・地球博で佃煮を販売した翌年の2006年だ。多くの海外の方に美味しいと言って頂いたこと、2005年にISO22000を取得したこと、モンドセレクション金賞の知らせを受けたことなどの要素が重なった。この頃はジェトロの会員として海外で直接つくだ煮をPRし反応を見ることが課題だった。2年ほど取り組み中々販路が広がらない中で、つくだ煮も海外の食文化に合わせて変化する必要があると考えた。そこで補助金を活用して、海外のシェフたちと佃煮を使ったメニュー開発を行った。私が一番衝撃を受けたのは、「つくだ煮は何故甘いのか。違和感を覚える」と言われたことだ。甘辛いという日本固有の美味しさが否定された気持ちになったが、そのシェフからはオリーブオイルをかけることを提案された。つくだ煮の違った美味しさが生まれることに目を開かされた。
■愛知県食品輸出研究会「サムライキュイジーヌ」
海外での活動を通して出会った仲間と作った「愛知県食品輸出研究会」では、「サムライキュイジーヌ」という言葉で愛知の食を世界に広げようとしている。これは簡単に言えば名古屋めしのことだ。2015年のミラノ万博で使われたブランドで、日本のイメージが伝わりやすい「サムライ」という言葉で表現した。海外のバイヤーは色々な日本の食品を扱いたい・調味料の正しい使い方を伝えて欲しいなどのニーズを持っており、これが食品の異業種が集う私たちとマッチした。愛知県食品輸出研究会では、今BtoBの可能性に注目している。セルフの売場では知らない商品には手を伸ばしにくいため、BtoCはビジネスに繋がりにくい面がある。つくだ煮のような食材にとって、まず商品を知ってもらうタイミングはBtoBしかない、というのが私の今の持論だ。
平松食品でもつくだ煮をゼリー状にし、海外で色々なスタイルに変化できるものを提案している。彼らの食文化の中にいかに入るか、「世界の食卓につくだ煮を」というのが、私たちが目指すものであり、次世代に繋ぐための取り組みであると思っている。
【2017(平成29)年9月18日号1・3面】
 
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