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コラム/視点2026

食の歴史は塩とともに 命を醸し、国を護る結晶

伝統的な釜炊による塩づくり(赤穂市立海洋科学館・塩の国)
梅の塩漬
米、豆、塩でできた白味噌の雑煮
 1月11日は「塩の日」である。永禄十一年、武田信玄が塩を断たれ苦しむ中、上杉謙信が「争うべきは弓箭(きゅうせん)にありて、米塩にあらず」と塩を送った故事に由来する。戦国の世において塩は、敵味方を越えて守るべき生命の聖域であった。
 それから時代は移り変われども、一粒の塩が持つ重みは、人々にとって変わらぬ真理であり続けた。
 水都・大阪が「天下の台所」として栄えた背景には、近隣に優れた製塩地を擁していた幸運がある。江戸時代、日本一の塩産地として名を馳せた赤穂の塩や、万葉の昔から藻塩を焼く淡路の塩が絶えず運ばれた。
 和食の歴史は塩とともに発展してきた、ともいえる。塩は単なる味付けの道具に留まらない。漬物、味噌、醤油といった発酵食品においては腐敗菌を抑えつつ、乳酸菌や酵母が活動しやすい環境を整える防波堤であり、練り物ではタンパク質を結合させる触媒でもある。
 職人の指先が探る絶妙な「塩加減」が、素材のポテンシャルを最大化し、幾重にも重なる旨みの深さを生み出してきたのである。
 岩塩が主流の諸外国に対し、日本では海水から塩を産む独自の文化を築いてきたことも特筆に値する。製塩大手4社が令和六年に設立した日本塩協会は、その設立目的に「安定供給」を第一に掲げている。世界中で紛争が絶えない今、食の根幹を支える塩を自国で賄うことの重みが増している。国内製塩という命の綱を守ることは、平和への切なる願いとも重なる。
 他方で、近年においては健康の敵として「減塩」の文脈でばかり語られてきた。しかし今再び、その価値観が科学の力でアップデートされようとしている。
 注目すべきは、単なる塩分量ではなく、カリウムとのバランスを示す「ナトカリ比」という視点だ。カリウムを豊富に含む野菜と、発酵した塩を共に摂る漬物や味噌汁などが、理にかなった健康食であると裏付けられた形だ。
 過ぎれば毒、適えば薬。そして何より、旨さの源泉。先人が繋いできた塩と、塩が生み出す和の食品を、科学的な知見とともに新しい時代の感性へ繋いでいかねばならない。
 本年が、読者の皆様にとって「一塩」の工夫が光る、味わい深い一年となることを祈念したい。
(大阪支社・小林悟空)
【2026(令和8)年1月11日第5218号3面】

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伝統的価値を再評価 丙午の強さ胸に躍動する年へ

 昨年、映画『国宝』が邦画実写作品としてはこれまでの国内興行記録を22年ぶりに塗り替える大ヒットとなった。
 同作の中では、歌舞伎に必要とされるのは「血筋」か「才能」かという大きな問いかけとともに、伝統を受け継ぐ難しさが描かれた。『国宝』が上映されて以降、歌舞伎座に訪れる客数は大幅に増加しており、伝統芸能を再評価する動きが広がっている。
 この流れは食文化にもあてはまる。文化庁は昨年、重要無形文化財の制度を約50年ぶりに見直し、料理人や杜氏といった食文化に関わる人々を人間国宝に認定できるようにする方針を示した。
 “伝統的価値”を評価する土壌は整っている。難しいのは、映画『国宝』に描かれたように、それをどのように継承していくかだ。人口減少、原料不足、食習慣の変化といった様々な苦難を乗り越え、漬物、佃煮を始めとした伝統食文化を次世代につないでいくことができるか。その正念場が訪れている。
 今年の干支は午(うま)、60支でいうところの丙午(ひのえうま)に当たる。丙午は、火のエネルギーが重なり太陽のような明るさや情熱、強い行動力を持つとされる。
 日本では「丙午生まれの女性は気性が激しく不吉」という迷信が広まり、前回1966年の丙午は出生率が前年比25%も低下した。
 今回の丙午はどのような年になるだろう。この60年で社会は大きく変化した。少子高齢化、女性の社会進出、AIの出現…。先の見通せない不確実性の高い今の時代だからこそ、丙午が持つ太陽のような強さが必要とされる。何が正しくて、何が間違っているのか、溢れかえる情報に流されることなく、自らの価値基準に沿った判断が求められている。
 伝統をつないでいくためには何が必要だろう。歌舞伎がそうであるように、基本的な型をしっかりと受け継ぎながら、「スーパー歌舞伎」のように時代に合わせて姿を変える柔軟さも必要だ。伝統を着実に受け継ぎながら、時代の要請に忠実に応え、絶え間なく進化していくことが求められる。
 時代の流れは速い。様々なコストが上昇する中、伝統食品へどのような価値を見出せるか。インバウンドが押し寄せ、世界の境界線が薄らぐ中、チャンスは確実に手の届くところにある。“伝統的価値”を信じ、時代の変化に対応できるものこそ、そのチャンスを掴むことができる。
 丙午が持つ太陽のような強さを胸に、今こそ躍動する時が来た。
(東京本社・藤井大碁)
【2026(令和8)年1月1日第5217号1面】

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